毎日!!あげりん

 
--
 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 
03
 
今日は坂本竜馬の婚約者、さなが結婚?

産経ニュースより

2010.7.3 14:08

「坂本竜馬の婚約者、千葉さなが結婚?」


  坂本竜馬の婚約者で生涯独身を貫いたとされる

  千葉さな(1838~96年)が、竜馬の死後、

  元鳥取藩士と結婚していたとする明治時代の新聞記事が、

  3日までに見つかった。

  旧鳥取藩の文書から藩士の実在が確認されるなど、

  発見した歴史研究家あさくらゆうさんは

  「記事はかなり正確」としている。

  故司馬遼太郎氏のコラムなどから独身説が広く知られているが、

  記事は通説を覆すことになりそうだ。

  さなは「北辰一刀流」を開いた千葉周作の弟定吉の娘。

  江戸の剣術修行で千葉一門に入門した竜馬は、

  さなと知り合い婚約したとされている。

  記事は明治3年(1871年)に横浜で創刊された

  毎日新聞(現在の毎日新聞とは無関係)が1903年8~11月に連載した

  「千葉の名灸(きゅう)」。さなが晩年、

  千住(東京都足立区)で営んだきゅう治院の来歴などを描く内容で、

  さなの親族に取材して書かれた。

  10月4~5日の記事によると、明治6年に横浜に移り住んださなが、

  定吉が剣術師範役を務めていた鳥取藩の元藩士山口菊次郎から求婚され、

  竜馬の七回忌も済んだことから受諾した。

  しかし家格の低さもあり定吉が反対。

  「おまえの命はかつて竜馬の霊前にささげようとしたもの

  ではなかったのか」などと怒ってさなを切ろうとしたため、

  近くの商家が仲裁に入り、翌年7月に結婚した。

  菊次郎の身持ちの悪さなどから、10年たたず離縁、

  千住に移り住み亡くなるまで再婚しなかった。

  あさくらさんは鳥取藩主の伝記などから菊次郎の名前や当時、

  横浜在住だったことを割り出し、

  横浜市史の関連文書から商家の存在を確認。

  さなの横浜時代の戸籍などは関東大震災や戦災で焼失している。

  さなの関係資料を所蔵する足立区立郷土博物館の学芸員多田文夫さんは

  「非常に貴重な記事だ。しっかりした取材に基づいて書かれ、

  登場人物の実在も確認されており、信ぴょう性が高い」と話している。



歴史が変わりますね

もういない婚約者を想って生涯独身を貫くなんて

現実的には辛かったでしょうね

女性として気持ちはわかります

やっぱり女性として愛されたいですよね


毎日!!あげりん
スポンサーサイト

Comment






(編集・削除用)


管理者にだけ表示を許可

Trackback

http://agerin39.blog22.fc2.com/tb.php/439-c635862a

この記事にトラックバック(FC2Blog User)

Home

プロフィール

あげりん39

Author:あげりん39
ようこそ!!
日々あげりんな人を目指して
5年目になりました。
一緒に気持ちをあげていきましょう!
あげ~

最新記事

スポンサー

お買い物

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

FC2カウンター

あし@

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

QRコード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。